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※左画像は、AIで作ったイメージです。

​参考となったのは、リトル・アマルです。12フィート(約3.5メートル)の巨大なパペットで、世界中を旅しています。

https://youtu.be/iqYABB9AIf0?si=Q6-0N_6gAK-6XnX7

 

 

 

 

 

​🍀塩田津の歴史ある町並みに、かつて歩いたであろう異人さんに再び歩いて欲しいと思います。人間は不思議で、このような動くものに、魅惑されます。さらに城壁の昔の商家には、オートマタ、からくり人形が設置され、時間をずらして動きます。夜には、白壁に歴史絵巻が美しく映し出されます。

特別プロジェクト

― シュガーロードを歩く異人と商人たち ―

 私たち夫婦(デローラ)がアメリカから嬉野へ移り住んだとき、ご親切な人が塩田津の町並みを案内してくださいました。そこには、かつての繁栄を思わせる美しい町並みがありながら、人通りがほとんどない――その光景を目にして、私は強く思いました。「もったいない。この美しい町の魅力を、もっと人々に教えなきゃ!!」と。

 米国人の夫が神奈川県のキャンプ座間で勤務していた頃、私たちは埼玉県川越の祭りに何度か訪れました。平日にもかかわらず通りは人で賑わい、古い町並みには駄菓子屋や小さなレストランが並び、木造の鐘つき台がランドマークのようにそびえていました。祭りの日には何台もの山車が出て、狐やひょっとこ、獅子舞などが踊りを競い、夜には屋台に長い列ができるほどの熱気がありました。

また飛騨高山にも足を運びましたが、からくり人形の絢爛豪華な山車がずらっと並び、踊りを披露します。人々は、長い時間待って、このショーを見るために遠くからやってきます。この二つの文化の共通点は、「人形」にあります。

一方、塩田津には、江戸時代、長崎街道を通じて砂糖が運ばれた「シュガーロード」の歴史があります。しかし残念ながら、あの飛騨高山や川越のような伝統文化は育ちませんでした。時は流れ・・・人々は町を保存することを思い立ち、今日に至っていますが、人々の関心は時代とともに変化しました。人々は、癒されたり、日々の喧騒から離れたいため、非日常を求めています。

そこで、この巨大パペットや、日本伝統、また世界に誇る日本ロボット技術の原点であるからくり人形に目をつけました。また、塩田津のシュガーロードのロマン溢れる歴史でした。

 

――この道こそが、塩田津の物語の中心です。

この歴史を舞台に、私は長年構想してきました。

それは「塩田津を歩く巨大パペット」です。

3メートルを超えるオランダ商人や異国の旅人たちが、塩田津の町並みをゆっくりと歩く――人々はその光景に驚き、喜び、心を奪われることでしょう。

塩田津の誇る歴史を、現代の人々に“動く物語”として蘇らせたい。

 

Yutubeでたまたま見つけた、三人で操るヨーロッパのパペット、これが刺激になりました。これに出会わなかったならば、この構想の可能性はほとんどなかった。

なぜなら、2019年にYoutubeで見つけた巨大パペットは、クレーン車で操作、大勢の大人たちが操るものでした。これを初めて見た時、これだ‼️と閃いたのですが、何の知恵も知識もない私の構想を聞いてくれる人もいるはずもなく、ずっと忘れてました。

 

時はすぎ、ある日、三人で操るリトルアマルのビデオによって、可能性を見た私は、構想にとりかかったのです。現代のAI技術によって、構想が文字になりました。

これが、私の長年の夢であり、この「塩田津巨大パペット・オートマタプロジェクト」の原点です。

しかしながら、確かにこのパペットを歩かせるならば、町の建物を静かに保存してこられた人々にとっては、あるいは、ご迷惑をおかけすることにもなりかねません。その辺りもよく考慮して、プロジェクトを進めたいと願っております。

 

​ただし、お披露目では、みゆき公園やどこか広い場所をお借りして、メディアへの紹介も含め、いつの日か皆様に見ていただきたいと計画しています。

🌸物語タイトル

「シュガーロードを歩く風の巨人」
― 塩田津の巨大パペット物語 ―

 

🎭テーマ

  • 異文化交流と友情の記憶

  • 失われた風をもう一度吹かせる再生の物語

  • 子どもたちが未来をつなぐ希望の象徴

第一章 風の港

江戸の末、肥前の山あいを抜ける街道に、白い帆を張ったような屋根の町があった。

その名は「塩田津」。

ここは長崎からへ続く「シュガーロード」の中継地――海外から運ばれた砂糖、香料、ガラス、そして夢までもがここを通り抜けた。

ある日、長崎からの一行が塩田津に到着した。

そこにいたのは、長身で金髪のオランダ人、名を「ヘンドリック」といった。

彼は砂糖の取引のために来たが、目を奪われたのは町の美しさだった。

瓦屋根の商家、川面に映る柳、そして子どもたちの笑い声――

ヘンドリックは日記にこう記した。

「この町には、風が歌っている。」

子供達がパペットを作る.png

第二章 少女と巨人の夢

町のはずれに、紙細工を作る少女「おはな」がいた。

おはなは貧しかったが、夢があった。

「この町を笑顔でいっぱいにするお人形をつくりたい。」

彼女は夜な夜な和紙を貼り合わせ、竹を組み、巨大な人形をつくった。

それは風を受けて歩き出しそうなほど大きく、優しい顔をしていた。

ある夜、ヘンドリックがその灯を見つけ、驚いた。

「これは、風を宿す人形だ…。」

ヘンドリックは彼女の夢を聞き、異国の技術を教えた。

木の関節を動かす仕掛け、帆布でできた羽のような腕。

二人は言葉を超えて、同じ夢を見始めた。

第三章 風を運ぶ巨人

そしてある春の日。

川沿いの通りに太鼓が鳴り響いた。

おはなの作った巨大パペット――名を「風の巨人」と呼ばれた――がゆっくりと歩き出したのだ。

ヘンドリックが中で綱を引き、子どもたちが歌いながらついていく。

「風よ、海へ! 風よ、山へ! 人の願いを運べ!」

巨人の目は光り、柳の葉がざわめいた。

見上げる人々の心に、遠い異国の風と、この土地の魂が交わった。

それはまるで、世界をつなぐ祈りの行進だった。

終章 いま、再び

やがて、時代が過ぎ、巨人は眠りについた。

しかし2027年の春――塩田津の若者と町の人々は、その巨人を再び起こした。

竹と紙、そして笑顔で作られた新しいパペットが、再び「シュガーロード」を歩き出したのだ。

その胸には、昔のおはなとヘンドリックの名が刻まれていた。

風がまた、歌い始める。

「ここは、海と山と、人の心が出会う町――塩田津。」

​(これは、AIが作ってくれた、巨大パペット用の物語です。)

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からくり人形1.png
からくり人形2.png

🌾 塩田津オートマタ(からくり人形)プロジェクト

― 子どもたちが未来へつなぐ、動く歴史と創造 ―

江戸時代、久留米出身の**田中久重(たなかひさしげ)は、日本を代表する発明家のひとりでした。

彼は「からくり儀右衛門(ぎえもん)」と呼ばれ、ぜんまいの力で茶を運ぶ人形や、文字を書く人形など、数々の精巧なからくり人形(オートマタ)**を生み出しました。その後、彼の技術と精神は、のちの「東芝(東京芝浦電気)」の創業へとつながり、日本のものづくりの原点となりました。

塩田は本来、ものづくりの里であります。その塩田の高校生がからくり人形を作ってくれないだろうか・・・と私たちは考えました。

この塩田で、そんな日本の知恵と創造力を未来へ伝えるために、高校生が自らの手で組み立てることができるオートマタ(からくり人形)づくりを始めることを、私たちは願っています。

あらかじめ整えられた木材や金属のパーツを使えば、難しい工具を使わずに組み立てが可能です。彼らは、歯車の仕組みを理解しながら、ものづくりの楽しさや考える力を育むことができます。

人形の顔や服装は、日本の歴史や地域文化をモチーフにしたり、自由な発想で新しいデザインに挑戦したりすることもできます。たとえば、江戸時代の旅人、塩田津の商人、茶運び娘、あるいは未来のロボット風など、子どもたちの想像力が、塩田津の町並みに新しい命を吹き込みます。

​各商家の窓辺や町角におかれた動く人形をみて訪問客は、町中を動き回ることでしょう。

このプロジェクトは、地域の子どもたちが創造し、考え、協力する喜びを体験できる活動と考えております。古い町並みに新しい夢が動き出す――それが「塩田津オートマタ・プロジェクト」です。

​なお、温泉街にも、からくりストリートなどできれば、観光客だけでなく誰でも楽しめるのでは、とも考えております。​​

✳️ うれしの再生プロジェクトの願い

この構想を実現するためには、人々の理解、特に若い人々の知的協力と努力のみならず時間も奪ってしまうかもしれません。さらに県や市の助けも必要とします。しかしながら、これが実現するならば、若い人々の自信や地域に対する誇りや愛情、そして続く後輩たちへの大きな遺産となっていくのではないでしょうか。新しい文化の産みの苦しみがあったとしても、それはかけがえのない嬉野の将来への序章となるでしょう。

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